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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1510号 判決 1998年9月09日

原告

小坂ちよ子

ほか二名

被告

藤川勝吉

主文

一  被告は、原告小坂ちよ子に対し、金七五〇万円及びこれに対する平成九年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告池端美智子に対し、金三七五万円及びこれに対する平成九年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告小坂昇に対し、金三七五万円及びこれに対する平成九年八月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負い、後に死亡した訴外亡小坂實(以下「亡實」という。)の相続人である原告らが、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実等(1、2は当事者間に争いがない。)

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成六年八月一〇日午前七時四〇分ころ

(二) 発生場所

兵庫県西宮市川西町七番四号先路上

(三) 争いのない範囲の事故態様

被告は、普通乗用自動車(神戸七七や三七九三。以下「被告車両」という。)を運転し、右発生場所を北から南へ直進していた。

他方、亡實は、自転車に乗り、右発生場所を南から北へ直進していた。

そして、被告車両の右前部と亡實の乗っていた自転車の前部とが、正面から衝突した。

2  亡實の死亡

亡實は、本件事故後、医療法人社団清和会笹生病院(以下「笹生病院」という。)に搬入され、同病院に入院した。

そして、亡實は、平成六年一〇月一五日、同病院で死亡した。

3  相続

亡實の相続人は、妻である原告小坂ちよ子と、子である原告池端美智子、原告小坂昇である(甲第二、第三号証、弁論の全趣旨により認められる。)。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び被告の過失の有無、過失相殺の要否、程度

2  亡實の死亡と本件事故との因果関係の有無

3  亡實及び原告らに生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告

本件事故の発生場所付近は、ほぼ南北に伸びる幅員約三・五メートルの道路である。

被告は、被告車両を運転して右道路を北から南へ直進中、約三六・五メートル前方に、亡實が乗った自転車が対向直進してくるのを認め、自車を時速約三〇キロメートルに減速した。

ところが、亡實が乗った自転車は、被告車両に約九メートルの地点に接近したとき、右前方に倒れるようによろけてきた。

このため、被告は何らの措置をとることもできず、本件事故が発生した。

そして、亡實は、自転車で右道路を進行するに際しては、できる限り左端を通行し、かつ、安全な速度で進行して、対向車両との接触を避けるべきであって、これを怠った過失は大きい。

2  原告ら

本件事故当時、本件事故発生場所付近の道路の東側には、駐車している自動車があった。

そして、南から北へ向かっていた亡實は、右駐車車両を避けるため道路の左端に寄り、自転車を進行させていた。ところが、被告は、被告車両の速度をほとんど落とさず、道路の右側を北から南へ直進したため、本件事故が発生したものである。

したがって、本件事故は被告の一方的過失によって生じたものであり、亡實には過失相殺の対象となるべき過失は存在しない。

五  争点2(亡實の死亡と本件事故との因果関係)に関する当事者の主張

1  原告ら

亡實は、本件事故後、平成六年九月初めころまでは快方に向かっていた。

しかし、本件事故まで亡實がほとんど入院の経験のない健康体であったためか、同月上旬、受傷によるショック、受傷後の痛みや体を動かせない不自由さと入院によるストレスから生じたと思われる出血性胃潰瘍、肺炎が出現し、徐々に全身状態が悪化し、寝たきり状態になっていくとともに次第に意識レベルも低下し、食事も次第に摂取することができなくなって、一〇月一一日ころから消化管等への激しい出血を起こし、ついに、肺炎を直接の死因として、同月一五日に死亡した。

そして、右経緯に照らすと、亡實の死亡と本件事故との間には相当因果関係が認められる。

2  被告

亡實は、入院後順調に快方に向かっていたものであり、その後、出血性胃潰瘍、肺炎が出現したのは、本件事故とはまったく関係のない新たな疾病によるものであるから、亡實の死亡と本件事故との間には相当因果関係はない。

ちなみに、自動車損害賠償責任保険手続においても、亡實の死亡と本件事故との間には相当因果関係はない旨の処理が行われている。

また、仮に、亡實の死亡と本件事故との間に何らかの因果関係があるとしても、亡實の素因も死亡の一事由となっているというべきであるから、亡實の損害額を算定する上で、相当の減額をするべきである。

六  口頭弁論の終結の日

本件の口頭弁論の終結の日は平成一〇年七月一〇日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  検甲第二号証の一、二、第三号証の一、二、乙第二号証、原告池端美智子及び被告の各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所付近は、ほぼ南北に走る直線道路であり、車道の幅員は約三・五メートルである。また、右車道の東側には道路標示によって区画された幅約〇・八メートルの路側帯があり、右車道の西側には縁石線によって区画された幅約一・三メートルの歩道がある。

右道路は、自動車、原動機付自転車については北から南への一方通行の道路規制がある。また、最高速度は三〇キロメートル毎時と指定されていた。

(二) 被告車両は、長さ四・六九メートル、幅一・六九メートルの普通乗用自動車である。

(三) 被告は、被告車両を運転し、時速三〇キロメートルを超える速度で右道路を北から南に向かって直進していた。

そして、約三六・五メートル前方に、亡實が乗った自転車が対向直進してくるのを認めたが、自車をほとんど減速することなく漫然と進行し、右自転車が前方約九・〇メートルの地点に迫って初めて危険を感じ、直ちに自車に急制動の措置を講じたが及ばず、被告車両の右前部と亡實の乗っていた自転車の前部とが、正面から衝突した。

(四) 本件事故後、幅員三・五メートルの車道の西端から約一・二メートルの地点に、長さ約〇・三メートルの自転車転倒痕が残された。

2  右事実認定に関し、若干補足して判示する。

(一) 乙第二号証によると、本件事故に関し、被告を被疑者とする業務上過失傷害被疑事件について、本件事故が発生した直後の平成六年八月一〇日午前八時三〇分から午前八時五五分まで、本件事故発生場所付近において司法警察員による実況見分がされたことが認められる。

したがって、右実況見分調書である乙第二号証は、一般的に信用性の高いものであるということができる。

なお、検甲第二号証の一、二、原告池端美智子の本人尋問の結果によると、右認定のとおり、本件事故の発生場所付近の最高速度は三〇キロメートル毎時と指定されていたことが認められ、最高速度を四〇キロメートル毎時である旨記載している乙第二号証は、この限りでは誤記があるというべきである。

しかし、乙第二号証のうち交通事故現場見取図に記載された自転車転倒痕の位置、形状は、その性質上、実況見分にあたった司法警察員が現実に視認し、距離関係を直接測定しなければ記載することができないものであるから、右自転車転倒痕の位置、形状は、客観的に確定している事実と考えることができる。

(二) 甲第七号証、原告池端美智子の本人尋問の結果の中には、亡實は、生前、本件事故当時、本件事故発生場所付近の道路の東側には、駐車している自動車があった旨を述べていたとする部分がある。

しかし、これは伝聞であって、他に客観的に裏付ける証拠がなく、直ちに採用することができない。

なお、後記のとおりの衝突地点の認定の下においては、右駐車車両の存在は、過失相殺の要否、程度について影響を及ぼさないというべきである。

(三) 被告本人尋問の結果の中には、本件事故の直前、亡實の乗った自転車がふらつき、被告車両の方に倒れ込んできたとする部分がある。

しかし、右事実は、亡實の過失を基礎づける事実として、被告に立証責任があるところ、他に右事実を客観的に裏付ける証拠はなく、被告本人尋問の結果のみから直ちに右事実を認めることはできない。

3  右認定事実、特に、自転車転倒痕の位置、形状に照らすと、被告車両と亡實の乗った自転車との衝突位置は、幅員三・五メートルの車道の西端から約一・二メートルの地点とみるのが相当である。

そして、自転車は、道路の左側端に寄って当該道路を通行しなければならないところ(道路交通法一八条一項)、亡實の自転車の通行方法は、道路の左側端に寄って当該道路を通行したとまではいうことができず、この点において、亡實には、過失相殺の対象となる過失があるというべきである。

他方、被告も、幅員三・五メートルの道路において、対向直進してくる自転車を認めたときは、その動向に注意し、すれ違う際の十分な側間距離を確保するとともに、万一危険を感じたときには直ちに自車が停止することのできるような速度で徐行すべき注意義務があるというべきである。ところが、被告は、前記認定のとおり、被告車両をほとんど減速することなく漫然と進行し、右自転車が前方約九・〇メートルの地点に迫って初めて危険を感じたにすぎないのであるから、被告に過失があることは明らかである。

そして、亡實の過失と被告の過失とを対比すると、被告の過失の方がはるかに大きいものと評価せざるをえず、具体的には、本件事故に対する過失の割合を、亡實が一〇パーセント、被告が九〇パーセントとするのが相当である。

二  争点2(亡實の死亡と本件事故との因果関係)

1  甲第五、第六号証、第一三号証、乙第一号証、原告池端美智子の本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故から死亡に至るまでの亡實の症状の経緯に関し、次の事実を認めることができる。

(一) 亡實は、本件事故後、救急車で笹生病院に搬入され、同病院に入院した。同病院における入院時の診断傷病名は左大腿骨頸部転子間骨折であり、平成六年八月一五日、観血的骨接合術が施された。

術後の経過は、臀部に感染性の膿瘍が認められたほかはおおむね順調であり、同年九月六日から車椅子によるリハビリが始められた。ただし、独力による排尿・排便は不可能で、通常はオムツ交換によりこれを処理し、時折介助による排尿、排便が行われた。

また、同月九日からは、歩行器による歩行練習が可能となった。

(二) 亡實は、同月一一日から、胃液様のものをしばしば嘔吐するようになった。また、これに伴い、全身の倦怠感、頭痛等が感じられるようになった。

そして、同月一四日に施行された胃カメラによる検査により、出血性の潰瘍が発見された。

このころから、亡實の症状は一進一退を繰り返すようになり、体調の良いときには、車椅子、歩行器によるリハビリが行われることもあったが、全体的には悪い方へ向かっていった。

(三) 同月下旬以降、笹生病院の医師は、亡實の症状につき、脳腫瘍、肺炎、腎炎などを疑い、治療を続けたが、症状は次第に悪化の一途をたどった。

そして、一〇月九日には意識レベルが急激に低下し、同日施行された胸部レントゲン写真で、肺炎と診断された。また翌一〇日には下血が認められ、播種性血管内凝固症候群による消化器からの出血と診断された。

(四) そして、この後は、意識もほとんど戻ることはなく、同月一五日午前一〇時二四分、亡實は死亡した。

2(一)  原告池端美智子の本人尋問の結果によると、亡實は、本件事故が起きるまでは健康体であったことが認められる。

また、甲第五号証、第一三号証によると、笹生病院の医師は、亡實に出血性の胃漬瘍について、入院によるストレスに起因するものと判断したことが認められ、右認定の亡實の症状の経緯に照らすと、右判断は相当なものであったと認めることができる。

そして、亡實がストレスを受ける立場となるべき入院を余儀なくされたのは、本件事故によるものであり、本件事故と右出血性の胃潰瘍との間には、因果関係を認めることができる。

さらに、右認定の亡實の症状の経緯に照らすと、出血性の胃潰瘍を端緒として亡實の症状が悪化の一途をたどったこと、最終的に亡實が死亡したことについても、特殊な要因を見出すことはできず、一般に想定することのできる因果関係の範囲内であることを優に認めることができる。

したがって、亡實の死亡の事実と本件事故との間には、不法行為による損害賠償論における相当因果関係の存在を認めるのが相当である。

(二)  被告は、仮に、亡實の死亡と本件事故との間に何らかの因果関係があるとしても、亡實の素因も死亡の一事由となっているというべきであるから、亡實の損害額を算定する上で、相当の減額をするべきである旨主張する。

そして、被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができるというべきである(最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁)。

しかし、他方、損害が発生することに被害者の素因が一事由となっている場合であっても、右素因が疾患に当たらず、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているときには、損害賠償の額を定めるに当たり、これを斟酌することはできないというべきである(最高裁平成五年(オ)第八七五号同八年一〇月二九日第三小法廷判決・民集五〇巻九号二四七四頁参照)。

本件についてこれを検討すると、亡實の死亡の結果につき、疾患と評価すべき亡實の素因が寄与したことを認めるに足りる証拠はない。あえて言えば、甲第三号証により認められる、本件事故当時満七七歳であったという亡實の年齢が、いったん快方に向かった症状の悪化を防止することができなかった原因として考えることはできる。

しかし、老齢であること自体を疾患ということはできず、被害者の年齢はまさに、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものであるから、亡實及び原告らの損害賠償の額を定めるに当たり、これを斟酌するのは相当ではない。

(三)  結局、被告は、亡實の死亡という結果により亡實に生じた損害(ただし、前記の過失相殺による減額後のもの)を、すべて賠償する責任がある。

三  争点3(亡實に生じた損害額)

争点3に関し、原告らは、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、亡實の損害として認める。

1  損害

(一) 亡實の死亡による逸失利益

甲第八、第九号証、弁論の全趣旨によると、亡實は、生前、国民年金法による老齢基礎年金を二か月につき金六万〇八八三円、厚生年金保険法による老齢厚生年金を二か月につき金一二万六一五〇円受領していたことが認められる。

また、甲第一〇、第一一号証、原告池端美智子の本人尋問の結果によると、亡實は、生前、藤本印刷株式会社に勤務していたこと、本件事故直前の平成六年五月から七月までの三か月間に同社から受けた収入が合計金三三万五一〇〇円であったことが認められる。

そして、本件事故当時の満七七歳という亡實の年齢に照らすと、亡實は、本件事故がなければ少なくとも三年間は、次の計算式(円未満切捨て。以下同様。)による一か月金二〇万五二一六円の収入を得ることができた旨の原告らの主張を認めることができる。

計算式 60,883÷2+126,150÷2+335,100÷3=205,216

さらに、亡實の死亡による逸失利益を算定するにあたっては、右収入を基礎として、生活費控除を四〇パーセントとし、本件事故時の現価を求めるための中間利息の控除につき新ホフマン方式によるのが相当であるから(三年の新ホフマン係数は二・七三一〇)、亡實の死亡による逸失利益は、次の計算式により、金四〇三万五二〇三円となる。

計算式 205,216×12×(1-0.4)×2.7310=4,035,203

(二) 葬儀費用

甲第一二号証、原告池端美智子の本人尋問の結果によると、亡實の葬儀費用として少なくとも金一六二万一二七五円を要したことが認められる。

そして、亡實の年齢、職業、家族構成などを考慮すると、うち金一〇〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。

(三) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、亡實の傷害の部位、程度、入院期間、その間の治療の経緯、死亡の事実、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により生じた亡實の精神的損害を慰謝するには、金二〇〇〇万円をもってするのが相当である。

(四) 小計

(一)ないし(三)の合計は金二五〇三万五二〇三円である。

2  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する亡實の過失の割合を一〇パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、亡實の損害から右割合を控除する。

したがって、右控除後の金額は、次の計算式により、金二二五三万一六八二円となる。

計算式 25,035,203×(1-0.1)=22,531,682

3  損害の填補

本件事故に関し、原告らが自動車損害賠償責任保険手続において、金七四万〇〇二五円を受領したことは当事者間に争いがない。

よって、右金額は損害の填補があったものとして、過失相殺後の亡實の損害額から控除すると、控除後の金額は金二一七九万一六五七円となる。

4  相続

争いのない事実等3記載のとおり、亡實の相続人は、妻である原告小坂ちよ子と、子である原告池端美智子、原告小坂昇である。

したがって、原告小坂ちよ子は亡實の被告に対する損害賠償請求権の二分の一を、原告池端美智子、原告小坂昇は、右請求権の各四分の一を相続した。

第四結論

よって、原告の請求はすべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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